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婚約指輪にぴったりなダイヤモンド

2011
31
July

婚約指輪といえばダイヤモンドというイメージがありますが、ダイヤモンドが婚約指輪に使われるようになったのは15世紀の中頃からです。ダイヤモンドはその頑丈さから、大事な婚約者を結婚までの間、病気や事故から守るお守りとして贈られていました。また、無色透明なダイヤモンドは純潔を意味しており、まさに婚約指輪には最適の宝石ではないでしょうか。
 「松嶋屋!」「大和屋!」

 戎橋の上から威勢のいい掛け声が川面をゆく船に矢継ぎ早にかかる。白地の涼しげな浴衣姿、手に手に団扇を持った歌舞伎役者らは、船上から声のする方を見上げ、華やかな笑顔で手を振って応えた。

 水都・大阪に夏を告げる古式ゆかしい「船乗り込み」が今年も6月29日、大阪市内を流れる旧淀川(大川)から道頓堀川にかけて行われた。

 「あれからもう、32年経つんですね」。気温35度を超えたこの日、八軒家浜(大阪市中央区)での式典で司会を務めた「関西・歌舞伎を愛する会」の事務局長、川島靖男さんは、額の汗をぬぐいながら風にはためく幟を見上げた。

 川島さんは、昭和54年、船乗り込みが復活して以来ずっと、同会の事務局長を務め、船乗り込みの裏方として司会をはじめ、さまざまな仕事をこなしている。

 「一番の心配はお天気です。例年、この時期は梅雨が気になる。でもここ2、3年は暑さですね」

 船乗り込みは、江戸以来の大阪独自の歌舞伎行事。歌舞伎役者が京都や江戸から大阪に乗り込む際、船に乗って浪速の川をめぐりながら口上を述べ、道頓堀の芝居小屋まで乗り入れていた。明治以降あまり行われなくなり、関西歌舞伎の衰退につれ、次第に忘れ去られていった。

 復活したのは昭和54年。上方歌舞伎を再興しようと、関西の政財界、文化人が中心となって「関西で歌舞伎を育てる会(現・関西・歌舞伎を愛する会)」を発足。第1回公演に先立つイベントとして、大正13年以来、実に55年ぶりに復活されたのだ。

 当時、松下電器の社員で、大阪地方民間労働組合連絡協議会にいた川島さんは、発足時の会に加わり、以来事務局長として、上方歌舞伎と深い関わりを持つことになる。

 「第1回のときは淀屋橋の大阪市役所の南側から出発しました。五色のテープが乱れ飛んで、いよいよ関西の歌舞伎が復興していくのかと、期待に胸躍らせたものです」

 当時の大川は澱(よど)み、ゴミが浮き、においもきつかった。そこで、同船していた大阪市の大島靖市長(当時)に即席陳情する。「市長、もっと川をきれいにしましょう」

 次第に川は浄化され、においもなくなり、魚が泳ぐ姿も見られるようになった。「あるとき、それまで開いたことのない窓がガラガラッと開けられて、住んでいらっしゃる方が手を振ってくれた。あのときの光景は忘れられません」

 高麗橋の上から扇に和歌を書いて船に投げ入れてくれる粋な女性もいた。

 「大阪は水の都。心も含めて潤いのある街作りに水は欠かせない。船乗り込みが大阪の川の大切さを見直すきっかけになってくれればうれしいですね」

 川島さんは同会が発足するまで歌舞伎を見たことがなかった。それがいまや、大阪芸大で歌舞伎を教えるまでに。「僕の人生を変えてくれたのが上方歌舞伎。これからも、より盛り上がるよう努力していきたい」(亀岡典子)

【メモ】関西・歌舞伎を愛する会 戦後低迷の一途にあった関西の歌舞伎を復興させようと、昭和53年、大阪の民間労働組合の呼びかけで、政財界、文化人らを中心に結成。54年5月、道頓堀の朝日座で旗揚げ公演を行い、その際に船乗り込みも復活させた。現在は大阪松竹座で毎年7月、歌舞伎公演を開催している。

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 京都・祇園祭のハイライトで17日に行われる山鉾(やまほこ)巡行の順番を決める「くじ取り式」が2日、京都市役所の市議会本会議場(同市中京区)で行われた。

 巡行の先陣争いを防ぐため、室町時代の明応9(1500)年に始まったとされる伝統行事。長刀(なぎなた)鉾など巡行の順番が決まっている「くじ取らず」の8基を除き、くじで順番を決める。

 紋付き羽織はかま姿の各山鉾の代表者らは、門川大作市長の立ち会いのもと、次々とくじを引き、先頭を進む長刀鉾に続いて巡行する「山一番」は、霰天神山(あられてんじんやま)が引き当てた。

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